
日本の底力
【9】伊東、小川 2枚のジョーカー投入
失点の2分後、再びオランダの決定機。
中盤でボールを奪われた日本。
左サイドのスペースでボールを受けた WGガクポは
あっさりペナルティーエリア内に侵入。
対峙する WB堂安を深い切り返しでかわすと、
カバーに来た CB渡辺も振り切る。
右足でゴールを狙うが、
更に後ろからカバーに入った CB伊藤がスライディングで足に当て
難を逃れる。
(最終的には、最初のガクポの位置がオフサイドの判定。)
ここで日本が初めての選手交代。
疲れの見える IH前田に代えて、
スピードスターの IH伊東純也を投入。
伊東は右のインサイドハーフに入り、
久保がポジションを移して左へ。
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67分、日本の攻撃。
CF上田のボールキープがこぼれたところを
IH久保が拾ってドリブルで前進。
ゴール正面から強烈なミドルシュート。
しかしこれは大きく枠の上に外れる。
その後 すぐに後半のハイドレーション・ブレイク(H・B)に入る。
H・B 明けの70分に
オランダが3人の選手交代。
WGサマーフィル → MFコープマイナース
CFマレン → CFデパイ
IHラインデルス → IHティンバー
10番を付ける メンフィス・デパイは、
代表歴代最多得点を誇るタレントだが、
怪我明けでコンディションが
どのくらい戻ってきているかが注目されるところだ。
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再開後まもなく、日本代表にアクシデント。
左サイドでボールを受けた IH久保だったが、
SBドゥンフリースにファウルまがいのタックルを受け
ピッチに倒される。
一旦ピッチの外に出される久保。
73分、日本が一人少ない中、
オランダの左サイドでボールを受けた WGガクポが
コーナー付近からペナルティーエリア内に侵入。
必死に対応する WB堂安の股の間を通すシュートを放つが、
GK鈴木ザイオンが懸命に腕を伸ばして
コーナーキックに逃れる。
75分、今度は日本のベンチに大きな動き。
WB堂安 → WB菅原
CB渡辺 → CB冨安
IH久保 → CF小川 の3枚代え。
怪我の久保に代えて、
オランダNECで活躍する小川航基の投入は、
2トップにして前線の起点を増やすとともに、
空中戦での強さも見越してのものだろう。
この交代の後から、
日本がボールを保持する時間が増えていく。
オランダの疲れもあるが、
途中から入った CFデパイが前線での守備をさぼりがちなため、
センターバックやボランチの選手がフリーになり
余裕を持ってボールを持てるようになったからだ。
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79分、
変わったばかりの WB菅原から
IH伊東に縦パスが入る。
前を向いてボールを受けた伊東は、
一度は相手ディフェンスに引っかかるも
再びボールを前のスペースに運び出し、
ペナルティーエリア内にマイナスのボール。
これにゴール前に上がってきていた菅原が
右足で合わせてシュートを放つも、
ボールに力がなく GKフェルブルッヘンにキャッチされる。
81分、
オランダの選手交代。
中盤で舵を取っていた IHフラーフェンベルフに代えて、
CBアケーを投入。
ミッドフィールダーを下げてセンターバックタイプの選手を入れ、
最終ラインを5枚にして逃げ切りを図る。
よくあるシステム変更ではあるのだが、
根底にクライフの哲学である攻撃サッカーが染みついているオランダが
守備固めの戦術を使ってきたことが意外だったし、
それが ‶迷将″と言われるクーマンの策であることを差し引いても、
あのオランダが最後の数分間とは言え、
日本の攻撃に対してある種のリスペクトを持って挑んでくる姿には、
少なからぬ驚きがあった。
遂に日本も世界の強豪から一目置かれる立場になったのだと思うと、
アジア予選すら勝ち進めなかった時代を知るものとしては
感慨深いものがある。
もしかしたら、日本の実力を一番過小評価しているのは、
私のような古参の日本人サポーターなのかもしれない。
【10】日本再び追いつく!劇的同点ゴール!
84分に日本が、CF上田 → CF塩貝、
85分にオランダが、WGガクポ → CFブロビーと
両チーム選手を入れ替える中、
日本は疲れの見えるオランダを徐々に押し込んでいく。
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86分、87分と
日本がサイド攻撃からチャンスを作る中、
88分には、
右WB菅原からのスルーパスに、
再び IH伊東純也が反応。
ペナルティーエリア内からクロスを狙うも、
オランダディフェンスに阻まれ右からのコーナーキックを獲得する。
キッカーは 伊東純也。
この日はインサイドハーフとしての出場となったが、
元々は現代では希少な右利きの右ウィンガー。
スピードに乗ったドリブルだけではなく、
ここ数年はクロスの精度にも磨きがかかり、
プレースキッカーとしても定評がある。
残り時間はあと数分。
日本にとって最後のビッグチャンス。
日本中のサポーターが固唾を飲んで見守る中、
IH伊東の右足から放たれたボールは、
美しい弧を描きながら
ゴール正面で待つ CF小川の頭に吸い寄せられていく。
オランダの守備陣が、一瞬ボールウォッチャーになる。
フリーになった小川が放ったヘディングシュートは、
前にいた MF鎌田の頭を僅かにかすめながら、
GKフェルブルッヘンが守るオランダゴールの枠の中へ。
フェルブルッヘンもいち早く反応し両腕で防ぎにいくが、
これを弾き返すことが出来ず、
ボールはオランダゴールに突き刺さった。
日本、再び同点に追い付く!!(89分、2-2)
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伊東の精度の高いクロスと、
小川の高さが活きた素晴らしいゴール。
手前にいた CBファン・ダイクが被ったことで、
小川が完全にフリーになり、
そこを小川が高い打点できっちりと合わせた。
日本にとってラッキーだったのは、
小川のシュートが鎌田の頭頂部に触れたことで
僅かではあるがコースが変わり
GKフェルブルッヘンの反応を遅らせたことだ。
(記録上は鎌田のヘディングゴール。)
その鎌田も直前の動作で、
自分の前にいたファン・ダイクの体を僅かに押しており、
これが小川がフリーになる要因を作っていた。
日本の最初の失点の場面では、
ファン・ダイクのファウルまがいのポジション取りに
上手くやられてしまった感があったが、
それをこの土壇場でリベンジした形だ。
(余談ではあるが、この時の鎌田の頭頂部だけがボールに触れていた映像が
どこかユーモラスで、
後に カタール大会での ‶三笘の1ミリ″をもじって
‶鎌田の1ミリ″としてネット上を賑わかせることになった。)
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攻撃の切り札として投入された小川航基も
きっちりと期待に応えた。
神奈川の名門校、桐光学園出身。
所属クラブを転々とし、
東京オリンピック代表の選考から漏れるなど、
決して順風満帆とは言えないキャリア。
同じオランダリーグで活躍する同年代の上田綺世が
チームのエースとして台頭する中、
限られた出場機会でも腐らずに、
流れを変えるジョーカーとしての役割を全うした。
記録上は鎌田のゴールとなったが、
その価値の半分以上は
小川ものと言っても良かった。
残り時間は アディショナル・タイム6分間のみ。
流れとしてはイケイケの日本だが
失点だけは避けたい。
対するオランダも 勝ち点3が欲しいところではあるが、
同じ グループFでの他チームとの力関係を考えた場合、
日本と初戦で引き分けることは
最低の結果という訳でもない。
そんな両チームの思惑が作用したのか、
俄然流れに乗って攻撃を仕掛けたいはずの日本も、
時間の経過とともにトーンダウン。
オランダもこの結果で御の字と思ったのか、
中盤でゲームを組み立てる CMデ・ヨングも
あまり無理に攻め込もうとはしない。
最高潮に盛り上がるはずのアディショナル・タイムは、
観客の期待とは裏腹に徐々に落ち着いた展開となったが、
これもワールドカップだ。
強豪国と勝ち点を計算しながら戦えるほど、
日本もワールドカップの常連国になったということだ。
アディショナル・タイム6分経過の表示とともに
試合終了の笛。
日本の初戦は、追いつ追われつの展開の末、
2-2のまま終了。
オランダと勝ち点1づつを分け合うこととなった。
【11】サッカー中堅国 日本
この試合マン・オブ・ザ・マッチに選ばれた
オランダのキャプテン、ファン・ダイクは、
試合後のインタビューで、
「日本と初戦で引き分けなら、それほど悪い結果ではない。」と
試合結果に不満気味のメディアに強調していたことを鑑みても、
今や世界中から警戒される国となった日本。
前回大会から続く
ヨーロッパの国に対する無敗記録を伸ばしつつ、
(クロアチア戦はPK戦での敗退のため、引き分け扱い)
グループリーグ突破はもとより、
ベスト8以上に進出できるのか。
グループ1番の難敵に引き分けたことで
ある程度今後の展開も見えてくる中、
次戦、チュニジア相手にどういった戦い方をするのか。
海外組が当たり前になり、
怪我人が続出する状況でもオランダと引き分けた
かつてない選手層の厚さと、
森保監督による長期政権がもたらす団結力の強さで、
日本はどこまでトーナメントを上って行けるのか。
次のチュニジア戦への期待度も
ますます高まっていくような、
2026北中米ワールドカップの初戦となった。
~ 最終スタッツ ~
日本 オランダ
2 スコア 2
10 シュート数 10
(4) 枠内シュート (6)
43% ボール支配率 48%
295 パス成功数 462
~ 続く ~
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